妖怪「お前もしろよ!」の対処法

株式会社ホーリーツリー代表
山中シゲノブです。

 

 

「価値観」が違うのがこの世界の「常識」だとわかっていながら、なぜか「価値観」の違いをジャッジしてしまうのは神様が「試練」として与えたプログラムなのかもしれません。

 

あなたとあの人は違うし

あの人とあなたも違う

 

もともと、生まれ来た場所、環境、食べ物、全てにおいて違うわけです。

「白い蝶々」が目の前を飛んでいたとしても、感じることは全く違うわけ。

 

綺麗、、、と感じるも

虫だっ!!と感じるも

もう春だね、、、と感じるも

これはもう神様に観念するしかないわけです。

 

 

 

例えば、同じ誰かを

・祝福する

にしても

 

花を贈る人もいれば

手紙を書いて贈る人もいれば

言葉で祝福する人もいれば

心の中で祝福する人も

いるはずです。

 

なのに、

「価値観」の違いをジャッジしてしまうのは神様が「試練」として与えたプログラムなのかもしれません。

 

「私はわざわざ花を贈ったのにあの人はなぜ手紙なの!!!」

「私はわざわざ手紙を書いたのになぜあの人は言葉だけなの!!!」

こんな風になってしまうのはやはりすごく悲しいことだと思いませんか。

 

あんなに「誰か」を思ってした行動が、全て「怒り」に変わってしまう。

そんな些細なことで、あんなに「好きだった人」を「嫌い」になってしまう。

やっぱり、何か寂しく感じてしまうのは僕だけでしょうか、、、

 

「悪い人」ってこの世の中にはいないと思う。

一生懸命話しているあなたのことを、あの人は居眠りしながら聞いていたとしても「悪い人」ではないはずです。

あんなに一生懸命やっているあなたなのに、ほとんど何もしなくて「感謝」される「あの人」も「悪い人」ではないはずです。

 

 

みんな、自分の価値観で、「誰かに喜んでもらおうと」生きているはずです。

あなたはあなたの「やるべきこと」をしていくだけ、、

そんな、自分を素直に褒めるだけでいいじゃないですか。

もう、誰かと比較するのは卒業しましょう。

もう、あなたと同じことをしなくても笑っていましょう。

 

 

この世界は「矛盾」だらけで「納得」がいかないことばかり。

でも、もうそろそろ観念してみてもいいかもしれません。

あなたが、誰かと比較して「怒る」たび

あなたが、誰かと比較して「嫌い」になるたび

あなたが、誰かと比較して勘違いして「悲しむ」たびに

 

妖怪「お前もしろよ!」はすくすく育っていくはずです。

 

 

 

だからね、

もうそろそろ、自分のことだけ考えて笑ってもいい頃だと僕は思うわけです。